同期会・クラス会・OB/OG会
 
 
 
竹早3期
還暦同期会

吉岡廣明(3竹A)


 

竹早3期卒業40周年同期会が開催されたのは1999年5月。その時に次回幹事を仰せつかったのが女性は高橋さん・志垣さん、男性は竹内氏と吉岡でした。

 定年前にやってしまおうと翌年4月と宣言したのですが、幹事の一員志垣さんから「60歳記念会」は、という提案がありました。それなら全員が還暦に達する2001年4月、桜の花の時にということになり、延期開催を決めました。場所は、高橋さんが集めてくれた情報の中から、千鳥が淵フェヤーモントホテルを候補にしました。

 打合せを兼ねて下見をし、予約をしたのが開催予定の1年前でした。予約が早過ぎるかとも思いましたが、例年その時期の部屋の確保が大変ということでしたので、下見の時に4月7日(土)と決めてしまいました。  その後は1年がかりで、老後のために習い覚えたパソコンを駆使して、普段の生活の合い間にこつこつと、幹事4人がEメールで連絡を取り合いながら、名簿の修正、案内状・返信葉書の作成、返信葉書のコメント(在米の方のメールメッセージも加え)を編集して全員に配れるようプリントしたりと準備を進めました。途中思いつきで、60歳記念文集を、と考えたのですが、大げさかと思い直し取りやめ、欠席された方達の返信コメントを取りまとめただけにしました。

 さて本番。昨年は桜の開花が早くて花が残るかどうか心配しておりましたが、開花後気温が下がった為長持ちし、ほぼ満開の状態で当日を迎えました。  会は川田先生が喜寿というタイミングの良さと、私たちが還暦という区切りの歳で話の盛り上がりも一層!という期待通 り、毎回のことながら、人生の先を歩んでおられる川田先生からは、私達の今後の参考になる話をお聞きすることが出来ましたし、竹内氏の名司会のもと、歓談と一人ずつのスピーチなど、皆の様々な話の中から今後の自分の生き方のヒントをもらったり、同じような思いでいるのかと納得したりしながらの2時間余りが賑わいのうちに過ぎて、ホテルが用意してくれた桜の花を入れて記念写 真を撮影して終了となりました。

 同窓会名簿では竹早3期101名ですが、卒業時世田谷校舎だった仲間の3名が加わって合計104名の内逝去された方7名、連絡をとれない方7名で、90名に連絡し、33名が出席、天候の運にも恵まれて、昼間の桜、夜桜も楽しめ、良い還暦記念会でした。

 アッという間の四十数年のようでしたが、今や名門校でも私達で3年揃った新設高校時代の頃、また、その後の様々を思い出すと感慨深いものがあります。そして数年振りに会っても昔のままに話が始まる仲間達との再会は、同期会は良いものだと再認識させてくれ、初めてでしたが幹事役をやって良かったと思っています。

 青柳先生、そして早世された7名の仲間達に合掌。

 
 
 
5期 卒業40周年
還暦直前同期会


森 昭彦(5世A)


 2001年7月14日同窓会総会開催に合わせて、5期生の同期会が行われました。

 そもそもこの同期会は偶然の重なり合わせでやっちゃったようなものです。世田谷校舎出身の幹事の一人がある日、我々が1961年に卒業してから40年ではないかと気が付いたのが始まりでした。附高同窓会総会に便乗すれば手間も省け、後は適当に2次会の会場でも決めておけば良かろうという安易な気持ちで、世田谷5期同期会の開催を決め、せっかくだからと同窓会機関誌「泰山木」に開催のお知らせを載せました。ところが、このお知らせには「世田谷」と書き忘れてしまい、急遽竹早5期の幹事に声をかけたのが合同同期会の始まりです。

 5期生までは附属世田谷中と附属竹早中にそれぞれ2クラスずつ間借りしていたため、一部の先生が両方を掛け持ちはしていましたが、生徒同士は文化祭や体育祭以外は、日常的にはあまり交流もありませんでした。しかし、同じ附属中学の出身者(特に小金井や大泉)が両校舎に別 れて進学していたので、まったく疎遠というわけでもありませんでした(この段昔の歴史を知らない後輩同窓生のために付加)。

 さて、合同にしたお陰で、竹早側幹事の川口さんの紹介で、総会場の高輪プリンスにほど近い「高輪Prinzchen Garten」という中世ドイツ様式の素晴らしい会場を使うことができ、会は大成功でした。

 当日は同窓会総会に出席していた者は、後の御馳走を考えて、とにかく総会で食べ過ぎたり、飲み過ぎたりしないように、しかし総会費分くらいは元を取っていこうと細心の注意を払った上で同期会に向かいました。

 同期会出席者は世田谷が24名、竹早が25名。それぞれ1/4弱の出席率。そして新津先生が御出席くださいました。新津先生は他のクラスのクラス会にも招かれておられたのを、無理を言って我々の方にお出で頂きました。吉崎先生はご都合が悪くお出でになれず、會田先生、長谷川先生はお身体がすぐれずご欠席でした。

 会が始まると、初めのうちこそ世田谷、竹早と別れて固まっているようでしたが、やがて、胸につけた名札を頼りに、40年ぶりの何となく見たことのあるような顔や聞き覚えのある名前、中学の同期などの仲立ちもあり、うまい料理とワインを貪りながら、其処此処で入り乱れ和気藹々と過ぎてゆきました。なかには、店のマネージャーがずいぶん丁寧に挨拶をする人がいるとみたら、たまたま、お嬢さんがこの会場で結婚式を挙げたばかりとのこと。

 話の中身は定年後の身の振り方、身体の故障とかいささかパッとしない話も結構ありましたが、今ではちょっと考えられない10泊11日の北海道修学旅行や妙高スキースクール、ほろ苦い青春の思い出、当時の先生方の思い出、etc。しかし、会社人間から家庭や地域に戻ったときの心得を女性陣からお説教されたりで、総じて男性より女性の方が元気という印象は小生のみか? 予定の2時間はあっという間に経ってしまい、校歌を歌った後、会場の外で記念写 真を撮り、3次会へと流れました。3次会はこれまた近くの品川プリンスのラウンジバーにてかなりの人数が参加、話はさらに盛り上がり、既にだいぶ飲んでいたはずなのにさらに盛大に飲んだ人もいたようです。

 この会の幹事は森の他に、世田谷:柴田実・藤川典子・山下ユミコ、竹早:松林忠克・川口彩 子でした。

 
 
 

12期 同期会
3年毎の顔あわせ

渡辺孝雄(12E)


 12期生は4回目の同期会を昨年7月の同窓会総会の会場で催しました。1992年に、やはり同じ同窓会の席で卒業後はじめての同期会を開いてから、3年毎に顔をあわせてきました。過去2回は同期会として独立させていましたが、今回は久しぶりに同窓会の会場にお世話になりました。

 いつもよりやや少なめの50名弱の参加となりましたが、今回目についたのは先生方との再会だったようです。同期会でもお目にかかっている担任の先生方はもちろんのこと、あまりお会いする機会のない他の先生方との出会いも沢山あったことが、今回は特に好評のようでした。1年生のときに担任だった先生、クラブの顧問だった先生…。卒業して30年以上経つものの、先生に名前を覚えていてもらって感激していた人もいました。

 品川での同窓会の会場から場所を新宿に移しての2次会、新宿から合流した数名を加えて30数名が、近況や昔の話題に時の経つのも忘れました。近況の方は時代を反映してか、あまり明るいことはないようでしたが、昔の話しの方は、「あの時オレは…」、「そういえば私も…」と打ちあけ話しや暴露話しに笑いが渦巻いていました。

 12期生の皆さん、次回の同期会は2004年です。毎回A〜Hまで各クラスから幹事の方が集まって、この同期会を続けていけるように頑張っています。次回の同期会にも是非ご参加下さい。とりあえず、それまで呉々もお元気に。