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【バックナンバー】過去の<同窓生から> 


投稿先:メールはこちらから

3月12日(土)に、卒業以来実に32年ぶりの17期B組(1973年卒)クラス会を、新宿の中村屋レザミにて開催しました。吉田寅先生をはじめ、北海道や長野から駆けつけてくれた級友を含め27名が参加しました。まず、亡くなられた旧友、先生方へ黙祷を捧げた後、吉田先生のご挨拶、参加者の近況報告などで、あっという間に時間が過ぎました。二次会も近くに場所を変え、次回は、また30年後と言わず、是非、吉田先生の傘寿を祝う会での再会をと言う話が出た後、一本締めで会を終了しました。お忙しい中、御出席いただいた吉田寅先生、様々なネットワークで連絡を取っていただいた級友の皆様に心より感謝いたします。

17期B組 久田哲哉、廣澤(小川)和代

関西にお住まいの同窓生諸姉諸兄へ!

3月26日(土)11:30 試合開始   会場 大阪・長居球技場

全国大会初出場のホッケー部女子を応援しよう!

発端は、昨年秋(04年10月18日)、ホッケー部OB・OG会の渡辺孝雄氏(12期)からの、こんな掲示板への書き込みでした。

『東京都高等学校秋季ホッケー大会兼全国選抜大会東京都予選が10月17日に、東伏見の早稲田大学グラウンドで開催され、まず女子チームが03年春季以来の優勝を決め、男子は本年度春・秋の連覇を果 たしました。男女のアベック優勝は初めてです。11月12日-14日に千葉県大原町で行なわれる関東大会に進出です。』

次いで、04年11月17日の掲示板への書き込み…。

『11月12日-14日に千葉県大原町で行なわれた、ホッケー関東選抜大会兼全国選抜大会関東予選(この大会の上位 3位校が春の全国大会への出場権を得ます)に、母校ホッケー部は男女とも東京都代表で出場。

男子は、1回戦で千葉県・成東高校(今大会の準優勝校)に3-0で敗れましたが、女子は1回戦で茨城県・水戸農業にPS戦(サッカーのPK戦に相当)の末、辛勝。準決勝では敗れたものの3位 決定戦で、千葉県・成東高校に4-0で快勝、チーム創設以来8年目にして全国大会への出場権を獲得しました。』

そして、今年05年1月27日の掲示板には、寄付金のお願いの書き込みがありました。

寄付は順調に集まっているようです。『引き続きよろしくお願いします』と、渡辺氏の伝言。併せて、こんなメールが理事会広報担当に届けられました。

『既にご承知かとは存じますが、ホッケー部女子が平成16年度の関東選抜大会で3位 に入賞し、全国選抜大会への切符を手に入れました。つきましては、当日が土曜日でもあり、関西にお住まいの同窓生の方に、ぜひ応援をお願いしたいと思っております。ぜひご協力を…。』

とうとう来ました初めての全国大会!なにせ、ホッケー部女子の全国大会への出場は、男子チームをあわせても約20年ぶりの快挙。ぜひぜひ、後輩たちの勇姿&試合を応援してあげてください。そして、観戦記などを、掲示板にお寄せいただければ、この上なく嬉しいことです。

関西在住の方、また偶然にもその頃関西にいらっしゃる(予定の)方、ぜひ、後輩たちのお応援に駆けつけてください。お願いしま~す!

3月26日(土)11:30 試合開始 会場 大阪・長居球技場

母校正面 玄関脇の全国大会出場を祝う垂れ幕

紺色のユニフォームが母校女子チーム


都大会優勝決定戦



寺西信彦先生出品、第9回『桐26展』開催

3月に銀座・文春画廊で個展を開かれた寺西先生が、大学時代の同期の方々7人による『桐26展』を開催されます。ぜひお運びください。

◆日時

4月27日(火)~5月2日(日) 11:00a.m.~6:00p.m.(最終日4:00)

◆会場

三興画廊
〒104-0028 東京都中央区八重洲2-5-7 TEL.03-3276-0789
東京駅八重洲南口より徒歩2分・地下鉄銀座線京橋駅明治屋口より徒歩2分

なお開催期間中の4月28日(水)、30日(金)、5月1日(土)の3日間、 先生は画廊にいらっしゃる予定です。お顔を見たい方、歓談されたい方はこの日にどうぞ。

<案内状の挨拶文より>
「若き日、大塚の地に学んだ絆でここに第9回展を迎えました。
それぞれ自分の世界を自由に楽しんで制作を続けております。
ご高覧ご指導を賜りますようご案内申し上げます。」

3月の寺西先生の個展で:
観覧の同窓生と一緒に記念撮影。

作品と一緒に収まる寺西先生の大ファンの同窓生
松林理事


8期A組 クラス会を開催

晴天に恵まれた3月27日土曜日の昼間、8期組(1964年卒)のクラス会を新宿の中村屋レザミにて開催しました。

昼間の開催ということもあり、金田先生と旧友の半数が参加し、盛況でした。

皆が忘れていた、クラスのアルバムや「各人の短評と未来像」をクラスメートが書いたホームルームでの記録を持ってきた者もおり、盛り上がりました。これはスキャナーで取り込んで皆でシェアーすることになっています。

幹事の馬場君 いつもお世話さまです。

8期A組 窪嶋 誠

8期同期会 開かれる

8期同期会が、平成15年11月8日午後、
神楽坂にある日本出版会館で開かれ、
約80名の同期生、4名の先生が出席されました。

会は、開会の辞に引き続き、なくなられた同期生、先生への黙とう、乾杯、先生方のお言葉、オペラ歌手になられた鎌田さんの独唱、と続きました。
しばし歓談の後斎藤君のこれからの健康法の話、 参加者紹介とつづき長いようで短かった約4時間の1次会が終わりました。

参加者の紹介は、はじめ時間がないので、幹事が簡単に紹介するということでしたが、 クラスが進む毎に熱が入り、最後は各自の自己紹介となりました。 A組は剣持さん が大切に保管していた、出席チェック用の名簿をつかい今成白鴎高校校長が生徒の出欠を取りました。


最後に、鎌田さんのリード、熊本さんの伴奏、のってきた山田さんの指揮で校歌を歌いました。

2次会は、ほとんどの方が、傍にある己有吾有という画廊兼、喫茶店にあつまり、そこから3次会に散っていきました。

各クラスと先生方の写真は、会の報告書、同期生名簿とともに同期生全員に送られ、喜ばれました。

次の同期会の時期は未定ですが、これを機会に クラス会や再開した友とのミニミニクラス会や旅行などのイベントが盛んになることを願っております。なお、A組は暖かくなったころクラス会 (連絡先 shimouma_8@freeml.com) を開く予定です。

同期会の幹事への連絡、写 真等についてのご質問はこちらまで。

写真:ほとんどが百瀬さんがとってくださいました。これらの写 真は、ネットアルバムに入っております。このネットアルバムから自由に引伸などができます。パスワードは学校所在地(英小文字)です。不明のときはこちらまで。

皆様が撮られた写真も、ここまでお送りください。webに掲載し、皆で見られるように致します。

皆さんからの手紙  幹事の方へ shimouma_8@freeml.com

* 本公演は終了しました

没後100年を記念して
フーゴ・ヴォルフの夕べ

野口玲子独唱会

ピアノ:クリスティアン・デ・ブロイン



2003年 9月30日(火)
午後7時開演
津田ホール(JR中央線「千駄ケ谷駅」・地下都営鉄大江戸線「国立競技場駅」)
全席自由席:4,000円
前売り/CNプレイガイド 03-5802-9990
マネジメント/新演奏家協会 03-3561-5012
http://www.shin-en.jp

ドイツ・リートでは定評のある野口玲子(5期竹B)さんのリサイタル開催のお知らせです。
野口玲子さんは、同窓会誌『泰山木20号』誌上で自己紹介されており、また、来年母校創立50周年記念イベントへの出演を快諾頂いております。ぜひそちらの情報もご覧ください。

武蔵野音楽大学卒業、同専攻科修了。1968年から71年まで、オーストリア国立ウィーン音楽大学に留学し、リート・オラトリオ科を卒業。第1回フーゴ・ヴォルフコンクールで第3位 。1972年帰国後、毎年テーマを定めて、リーダーアーベントを開催。また、資料や文献の研究、翻訳にも携わっていて、現在、武蔵野音楽大学講師。日本フーゴ・ヴォルフ協会理事。東京ドイツ・リート研究所会員です。

リートの作曲ではシューベルトより優れている、と高く評価されているヴォルフに心酔し、『ウイーンに留学した最も大きな目的は、直(じか)に歴史や文化に触れ、生活を通 して生きたドイツ語を身につけ、心からリートを,特にヴォルフのリートを歌えるようになりたいと思ったことでした。(略)

ドイツ語が母国語でない私には到底不可能かも知れませんが、国境を越えて、時代を越えて人々の心を打つヴォルフの作品に巡り合えた喜びのひとときを、皆様とともに過ごさせて頂きたいと願っております。(略)
厳選された詩に作曲されたヴォルフの色彩 豊かなリートの世界に浸って頂く事が出来ましたら何よりの幸せと存じます。』(理事会に寄せられた案内状より抜粋)

国際的にも高い評価を得ている野口玲子さんのフーゴ・ヴォルフ記念リサイタルで、一夜を心豊かに過ごしてみませんか?

◆ 会場地図の出ているweb
http://tsudahall.com/THHP/annai.html

* 本公演は終了しました

お誘い!今宵、歌姫の美声に酔わん…

浅田秀子 メゾ・ソプラノ リサイタル

“双子座の星のもとへ”



浅田秀子さん(16期B)の8回目となるリサイタルが、9月7日(日)午後6時より、開催されます。昼は若さ溢れる辛夷祭を楽しみ、夜はプロの芸術を堪能する、ひと足早く芸術の秋を満喫されてはいかがでしょう。

浅田秀子 メゾ・ソプラノ リサイタル “双子座の星のもとへ”

語り:石鍋多加史  ピアノ:松山優香 企画構成:浅田秀子

2003年 9月7日(日)
午後5時30分開場(6時開演)
ルーテル市谷センター (JR線・地下鉄「市谷」駅すぐ)
全席 3,000円

*お問い合わせは、日本語コスモス(03-3904-9671 浅田)まで
日本語コスモスのホームページ http://homepege3.nifty.com/nihongo-cosmos/ でもお求めになれます。

浅田秀子さんのプロフィール

辞書編集者。日本語教師。前中国河北大学外文系日本語教師。現在、編集プロダクション「日本語コスモス」代表。日本大学文理・経済学部非常勤講師。 2歳より生田流筝曲を、10歳よりピアノを、15歳より声楽を始める。東京学芸大附属高校時代は音楽部に、東北大学在学中は混声合唱団に所属し、アルトソロを歌う。現在、自由音楽学園声楽科に在学中。1996年より毎年リサイタルを開催。

<招待状から抜粋>

今年8回目となるリサイタルは、ショパンのピアノ曲とシューベルトの歌曲という組み合わせで、双子の兄弟それぞれの恋物語をお送りいたします。3年間シューマンでリサイタルを行って今回久しぶりにシューベルトに戻ってきましたが、その体験はまるで、美しい外国旅行を終えて故郷の野山に再び降り立ったような、いいようもない安らぎと懐かしさを覚えます。

語りは俳優・歌手の石鍋多加史氏です。石鍋氏は、天性の美声と感性を生かして芝居・ミュージカル・コンサート・語りと多彩 に活躍されている方です。

ピアノはおなじみの松山優香氏です。松山氏は、ヨーロッパ各地で数々のリート歌手と共演なさるかたわら、国際ピアノ・コンクールの審査員も務めていらっしゃいます。今年の曲はたいへんピアノ伴奏が美しくもむずかしいので、氏の真価が発揮されるものと思います。

一晩をゆったりとお楽しみいただければ、これに過ぎる喜びはございません。御来光を心よりお持ち申し上げております。

敬具

2003年7月吉日  浅田 秀子

テイト・ブリテン発世界巡回展 ヴィクトリアン・ヌードは終了しました

テイト・ブリテン発世界巡回展

ヴィクトリアン・ヌード

19世紀英国のモラルと芸術|Morality and art in 19th-century Britain

神戸展 2003年2月8日<土>⇒5月5日<月・祝>
神戸市立博物館 主催:神戸市、神戸市立博物館/毎日新聞/毎日放送

東京展 2003年5月24日<土>⇒8月31日<日>
東京芸術大学 大学美術館[東京都台東区上野公園]
主催:東京芸術大学/毎日新聞社 後援:外務省/ブリティッシュ・カウンシル

▽巡回展を告知するチラシ▽

久しぶりの再会でした。

『ヴィクトリアン・ヌード』東京展の主催は東京芸術大学と毎日新聞社。1年以上も前から準備が進んでいました。その準備のためのプロジェクト会議に、附高の同窓生がそれぞれの主催団体からメンバーとして出席していました。東京芸術大学からは同大助手の小野寺玲子さん(22期C)、そして毎日新聞文化事業部からは山口 昭さん(22期E)。久しぶりの再会と奇遇にびっくり!

所属組織の枠を越えて協力しあい、いよいよ東京展が東京芸術大学 大学美術館で5月24日から開催されます。

◇内容の紹介

東京芸術大学助手の小野寺玲子さん(22期C)が新聞や雑誌に書かれた紹介記事やチラシのコピーから、簡単に『ヴィクトリアン・ヌード』展を紹介しますとーー。

ロンドンの「テイト・ブリテン」(旧称テイト・ギャラリー)は、日本でも馴染みの深い、イギリスを代表する国立美術館です。そのリニューアルを記念して 2001年11月に開催され、ミュンヘンのハウス・デア・クンスト、ニューヨークのブルックリン美術館、と世界各地を巡回し、2003年2月には神戸、同5月には東京で開催されます。


産業革命により未曾有のは繁栄を誇ったヴィクトリア女王時代から、印象派の影響を受けた20世紀初頭の近代的ななヌードまで、約100点を紹介。

官能美豊かなヴィーナス、説話・文学を主題とするヌード、宗教や死に絡めた問題作、陽光の下の健康なヌード、男性ヌード、初期のヌード写 真、覗き見感覚の短編映画、などなどヴィクトリア朝のヌード表現の集大成ともいえる内容です。

観覧料 当日 前売り 団体(20名以上)
一般 1,300円 1,100円 1,100円
大学生・高校生 800円 600円 600円
中学生以下 無料でご覧いただけます。

*障害のある方は無料(証明できるものをお持ち下さい)
*入場券は、東京芸術大学大学美術館ミュージアムショップ、JR東日本みどりの窓口・びゅうプラザ、チケットぴあ、ローソンチケット、CNプレイガイドなどで販売

交通 案内

JR「上野駅」公園口、地下鉄千代田線「根津駅」より徒歩10分
京成線、地下鉄銀座線・日比谷線「上野駅」より徒歩14分

*駐車場はございませんので、車でのご来館はご遠慮下さい。

お問い合わせ

毎日新聞社企画事業部 03-3212-0189(午前10時~午後6時、土日・祝日を除く)
NTTハローダイヤル 03-5777-8600
http://www.geidai.ac.jp/museum
http://www.mainichi.co.jp/life/culture/jigyou/event/art

(本記事は会報「泰山木」19号からの転載です。)

メルトモ共同体

大阪外国語大学教授 武田 佐知子(11A)

 50を超えたとたんに、昔の仲間がなつかしくなり、頻繁にクラス会が開かれるようになるんだという説がある。確かに50の声を聞くか聞かぬ かの時期から、急に同期会の数が多くなった。そのうえ、ひとつの会場に集って会わなくても、自宅に居ながらにして、いつでも好きなときに友と語りあうことが出来る、そんな時代がやってきた。Eメールのメーリングリストによる会話である。

 私たちの世代は、パソコンの達人というわけではない。Eメールなどという代物も、はじめのうちはホントに相手に着くのか不安で、「送信」キーをクリックしたあと、電話で「着いた?」なんて聞いて、笑われたものだ。クラス会の通 知も2年くらい前まではファクスを使うのがせいぜいだった。しかし次第に家庭にパソコンが普及し、専業主婦達もやがて子供のお古のパソコンを手に入れてだろうか、メールを始める仲間が増えてきた。そんな11期の面 々が、メールで騒がしくお喋りを始めた。

 2000年夏、大阪の天神祭の時、私が同期の仲間達に声を掛けて、大川を行き来する奉拝船に乗りに大阪へ来ないかと誘い、事務的な連絡をメールでまわしたのがそもそもの始まりだった。参加メンバーに一斉送信すると、「全員に返信」というかたちで返事が戻ってきて、そこにいつの間にか、軽口のお喋りが付随するようになった。名付けて「イメルダ通信」。みんなに号令を掛ける私を、専制的女帝という揶揄を込めて、誰かが「イメルダ」と綽名した。それと「Eメールだ!」を掛けたあたり、なかなか凝った命名である。今では「無料メーリングリストサービス」に加入して、「返信」キーをクリックするだけでメンバー全員に、メールが届く仕組みになっている。天神祭が終わったあとは、デジカメの画像ファイルが添付され、参加しなかった同期生達にも、祭りの盛り上がった雰囲気が充分に伝えられた。そこで天神祭のデジタル画像を見ながら、祭りの余韻を楽しむ「あとの祭り」の会も企画され、あたかも天神祭は、全員が参加したかのような、共通 の経験となった。

 クラス会で交わすお喋りと、メールでのお喋りの違う点は、現実の会話は余程大きい声を張り上げでもしない限り、何十人もの人に聞いてもらうのは不可能だが、メールだと全員が、同じ会話を共有できるということだ。しかも海外からの声だって、リアルタイムで届く。朝起きたら、時差のあるヨーロッパから、どっさりメールが届いている。私たちにとって、地球上もっとも遠い国のひとつであろうレバノンに、考古学の調査に行っている仲間からは、美しい地中海の光景と共に、次々に古代ローマの遺品など、発掘成果 の写真が配信され、古代フェニキアが、親しみ深い現実の世界になった。

 同期生だから、世代として共有する悩みがある。早い遅いの差はあっても、老人介護が、誰もの課題である。足の弱った親のために、車椅子を手に入れたいのだが、どうしたらいいかという相談には、それこそ普段は殆ど参加しない人たちまで、介護用品の専門店が、どこにあるとか、買うよりレンタルにした方がいいよとか、うちの母が使ったのがあるから、よかったら使ってとか、ビックリするほど多くの情報が寄せられた。

 不況は私たちの世代を直撃する。会社経営の友の倒産が、マスコミのニュースより早く報告されると、企業人として他人事ではないと感じる会社人たちから次々に発せられる見舞いの言葉は、企業に身を置かない者の胸にも迫るものがある。

 専攻が同じ大學の同期生と違い、高校の同期生だと、現在の職種も千差万別である。医師、薬剤師、研究所に身を置くもの、航空関係者、農業従事者、…。なにか質問すると、必ずといってよい程、その道の専門家筋が誰か居て、極めて専門的な答えが返ってくるし、当事者でない者にとっても、やがていつか役に立つだろう色々な知識が入ってくる。

 高校時代の他愛もない悪戯が、今頃になって暴露されることもあるし、問わず語りに北海道の修学旅行や辛夷祭の時の、淡い恋の想い出が語られることもある。

 仕切りたがり屋が、簡単なルールを作ってくれて、一通 あたりがあまり長文にならないこと、自慢話は避けること、とした。仕事から離れて一息ついたときに、このメーリングリストを読むことでホットできるひとときが持てれば、という配慮からである。

 チャットは、次々に噂を聞きつけて参加者が増え、現在総数40名だが、誰もが恒常的にチャットに参加するわけではない。しかし一度もお喋りの仲間に加わらない友も、日々何通 も入ってくるメールを、うるさがっているのかと思いきや、読むのをとっても楽しみにしているという声を、方々で聞く。

 クラスを超えて、同学年であるという括りだけの集団なので、お互い、高校時代は言葉を交わしたこともない仲間も多いのだが、メールで交わされる会話が、共通 のものとなっているゆえに、旧知の仲以上に、会うと親しみを感じるというのが、みんなが一様に抱く感慨だ。

朝日新聞社刊『一冊の本』(―電脳と私― 特集号2001年12月号)掲載稿を一部改稿・転載

(本記事は会報「泰山木」19号からの転載です。)

フェアプレー賞

国際連合広報センター所長 高島 肇久(3世B)

 2002年3月、アメリカ・ソルトレークシティで開かれたパラリンピックで素晴らしいニュースが生まれた。競技前の検査で、障害の程度が軽いとして出場取り消しになった視覚障害アルペン・スキーの日本人選手、兵後正剛さん(三重県出身40才)に、国際パラリンピック委員会(IPC)が「フェアプレー賞」を贈ったというのだ。視覚障害のスキー競技は全盲、強度の弱視、軽度の弱視の3クラスに分かれ、兵後さんは3番目の一番軽いクラスにエントリーしていた。国内の競技会では問題はなかったが、初めての国際大会であるパラリンピックで規定に従って事前検査を受けたところ、「弱視の程度が0.05ほど軽すぎる」として出場資格を剥奪され、日本選手団の要請で行われた再検査でも同じ結果となった。視力検査は4人の医師が行ったが、兵後さんは「見える。見えない」を正確かつ正直に答え、「資格なし」という判定も淡々と受け入れたそうだ。

 パラリンピックでは、出場資格を失った選手は即刻選手村から出なければならない。しかし、兵後さんは「出来ればそのまま選手村にとどまってアルペン競技のお手伝いをしたい」と希望し、組織委員会は、視力検査での兵後さんの態度を賞賛する医師団の強い助言を容れて、役員として登録し直すことを承認した。その後、兵後さんは大会終了まで競技の裏方としてゴール地点で選手の荷物の取りまとめ作業を熱心に続け、その献身的な働きぶりが評判となって、フェアプレー賞が贈られることになったのだという。パラリンピックでメダル以外の賞が贈られることは殆ど例がなく、最終日に突然連絡を受けた兵後さんと日本選手団の驚きと喜びは大変なものだったようだ。

 僅かの視力の差が出場資格の剥奪につながることを理解しながら正直に返事をし、その後は裏方として他の選手のために懸命に働く。その兵後さんの様子をじっと見詰めて、最後にフェアプレー賞を贈ったパラリンピック組織委員会の見事な捌きには、この上ない清々しさを感じる。内外ともに気の滅入る話ばかりが続く中で、この世界もまんざら捨てたものではないという思いを覚える出来事であった。

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