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2012年

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【バックナンバー】過去の<同窓生から> 


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40年目の授業

2012年9月 記

 私達16Dは今年で高校卒業後、40周年を迎えました。学園紛争最後の学年で、憧れの校門をくぐって1学期を過ぎ、第2学期が始まろうとする矢先にバリゲート封鎖が起き、授業ができる状態ではなくなり、その後は毎日学生集会に明け暮れました。およそ通常とは異なった学園生活となり、卒業アルバムも作りませんでしたが、人格が形成される大切な時期に、個性をぶつけ合い、既成概念や社会問題について真剣に論じ合った貴重な体験は、その後様々な形で生きたことは間違いありません。そのような背景もあって、40周年の記念イベントの希望をとったところ、母校に行ってみたいといった希望が圧倒的に多く、思い切って教室を借り切り、現役の高校教師のクラスメートに授業をしてもらう企画を立てました。幸い、副校長の岸谷正彦先生からご快諾いただき、8月25日(土)15時から、記念授業を開催しました。



当日は辛夷祭の準備に普通教室が使われていましたので、冷房のきいた研究室をお借りしました。20名を超す参加がありましたが、皆、何十年ぶりに訪れる母校に懐かしさ一杯。1時限目は、臼井健司先生による生物で「ミドリムシの生態と分化」。ミドリムシの生態から原核生物の分化に及ぶ幅広い内容を、わかりやすくお話いただきました。2時限目は、加賀大学先生の日本史で「江戸期における産業・流通の発展と文化の広がり」。江戸初期から経済の発展に伴って農民層に階層が生じ、地方文化圏の形成に関わる過程のお話でした。

お二人の講演は大変興味深く、思わず皆メモをとり始め、質問も活発にでて、気持ちはすっかり附高生にタイムスリップ。お二人とも高校時代の恩師に憧れて教育の道に進まれたのですが、その情熱溢れる授業風景は当時の恩師そっくり。これにはビックリ、そして大変感激しました。授業後、思い出を辿るように校庭を散策し、木々の成長に驚きながらも、40年前と同じ空気を楽しみました。


 学芸大学駅のイタリアレストランに場所を移し、昔話に一層花が咲きましたが、人生の最も多感な時期をいかに恵まれた環境の中で過ごすことができたか、思いは一致していました。また、この授業を、私達をご担任いただいた故青柳正先生にお聞かせできたら、どんなにお喜びになられたことかとの声があり、一同胸が熱くなりました。まさに40周年に相応しいクラス会となり、このような貴重な機会をお与えいただきました岸谷正彦先生に、心からお礼申し上げます。


 

宇都宮一典(16D)

1期竹早・同期会

2012年9月 記

 我々が附高を卒業してから、優に半世紀が経過した。
 思い出そうともしなかった卒業記念品が、今年1月、突如として目の前に現れた。55年ぶりの再会である。
 「講堂で使う大花瓶が水漏れするようになり困っている。」「“1期生卒業記念品”と刻んである。」「トウテツ文と言って、由緒ある模様が彫ってある。」
 花瓶は青銅製で、つい先日まで大事に、しかしハードに使われてきた。花を支え引き立たせる役目を半世紀、キンゾク疲労が出てもおかしくない年数である。同期の連中に集まってもらい、とっくに忘れた“卒業記念品“を、あらためて披露した。

 講堂の外灯が写る角度で集合写真を撮った。
 附高の建物は数年前、世田谷区の有形文化財に指定された。お金は出さないが、メンテに気を使ってくれ、という区からの“お達し”により、学校は建築当初の姿に出来るだけ近づける(戻す)努力をしている。
 講堂の外灯が替わる。講堂の壁面も扉も変わる。その前の“記念に”と思い、外灯・壁面・扉も映った集合写真にした。次に見るときは、我々が入学したころの、文化の香り高い外灯、壁面、扉になっている。



 私は週に1回、後援会泰山会事務局に顔を出している。学校はその季節になると校庭はもちろん、事務室でも昆虫採集が出来るくらい“自然”豊かな環境にある。それはそれで楽しいが、夏のヤブ蚊とスズメ蜂は、できればお付き合いを避けたい昆虫である。
 同期会はその道の精通者の集まりでもある。ハーブ精通者N君のスピーチを聞いて、学校のヤブ蚊退治に希望が持てるようになった。その名も頼もしい「モスキートブロック」、可憐な花が咲く。この草を学校のいたるところに植えられるよう、只今、挿し芽で大増殖を図っている。来年は、エキス抽出の方法をN君から伝授してもらうつもりである。学校に蚊が少なくなれば、部活にも勉強にも、今より集中できる。大会での順位は上がり、進学率も上がる。これも1期同期会の副産物と言えようか。

松林忠利(1竹A)

10年ぶりくらいの同窓会に参加して 20期同期会

2012年8月 記

時の流れに~STILL CRAZY AFTER ALL THESE YEARS
(70歳の今でも活躍しているP.Simonの名曲にちなんで)

 卒業したのが1976年ですから、もう35年以上もたったのですね。
10年ぶりくらいに同窓会に出たのですが、すっかり若い世代が多くなって雰囲気も明るくて、ちょっと圧倒されてしまいました。
 私自身も大病で休んだ時期もあるし、悲しいことにいつのまにか鬼籍に入いられた方もいて、すっかり歳月にのみ込まれた感じもあるけれど、久々に高校時代に同じ時間を共有した人たちと邂逅できたのは奇跡のような、とてもとても貴重な時間でした。
 もうそれほど大きな事はできないけれど、仕事やその他のことで社会や人々の役に立つことも少しはしているし、個人の楽しみ、私の場合は冬山とか岩ですけど、同級生からはヨットで沖縄レースに出たとか、東京湾での釣果を誇るなど、人生を楽しんでいる話を聞けたので、もうちょっと頑張ってみようかな、と感じることのできた同窓会でした。
 皆様ありがとうございました。

P.S. まぁ、でも、高校で得たもっとも大きなことは終生の伴侶と出会えたことかな? 恥ずかしながら。ではでは。

福田真也(20D)&福田薫(20F)

26期 30年ぶりの同窓会とビアガーデンパーティー

2012年8月 記

今年は26期生が卒業して30周年記念の年ということで、2012年7月1日(日)にパレスホテルでの同窓会総会後の懇親会の時に26期のテーブルを作っていただきました。今までの同窓会では26期の参加は少なく、しばしば大村君と私だけということもありましたが、今回は浅井君と小泉君のご尽力もあって83名もの参加者が集まりました。最初は初対面のような会話でも慣れてくると18歳の頃の面影が蘇って懐かしい話に花を咲かせました。1次会後は、パレスホテルのイタリアンレストランにて2次会を開催しました。それでも話し足らなくて、「今度は是非ビアガーデンでBBQパーティーを!」ということになり散会しました。米川君が幹事になってくださり、FBを駆使して同期に声掛けをして、7月28日(土)グランドプリンスホテル高輪の芝生ガーデンで、ビアパーティーを開催しました。当日はビールが美味しい晴天でしたが、風が芝生ガーデンに吹き渡り、会が始まる5時過ぎには日も暮れて、芝生面の表面温度がぐっと下がったためにとても気持ち良い体感気温になりました。卒業以来、30年ぶりという友達ばかり。それでも当時の部活や先生方や附高の話題であっという間に当時に戻ってしまうから不思議です。今回は米川君のお蔭で本当に懐かしくて楽しい再会が叶いました。参加してくださった方々、本当にありがとうございました。是非今後もこの会が続き、次回は懐かしい先生方にもご参加いただいて、附高の輪が広がってゆくことを願っています。



橋田(秋元)祥子(26G)

31期F組 クラス同窓会報告

2012年8月 記

31期F組は、2年ぶりに同窓会をやろうと思い立ち、同窓会総会の機会に集まることにしました。
あまり、定期的に同窓会を開催していないため、連絡がとれないクラスメートも多く、総会の連絡のハガキをいただいてから、急に開催することにしたため、なかなか、皆の予定がつかず、こじんまりとした会になってしまいました。
それでも、担任の五十嵐先生にもお越しいただき、9名+お子さん2名が集まりました。普段、まめにあっている人もいれば、何年振りかで、あった人もいましたが、すぐに昔の調子で話しだせるところが、同級生の良いところです。高校のときの話(五十嵐先生の記憶力には、舌を巻くばかりです!)や、今の受験生の親としての話まで、話題は尽きませんでした。
またの開催を誓って、別れました。次回は是非、もっと大勢で集まれたらと思っております。





水野(金田)弥奈(31F)

46期 卒業10年目の同期会

2012年8月 記

 早いもので、卒業から10年が経った。10周年ということで、46期テーブルを設けてもらい、僕たちはこの同窓会総会を久々の再会の場とすることにした。僕も含めて多くの同期が、この同窓会総会には初めての参加だったが、行ってすぐに、この10年間この場に足を運ばなかったことを後悔した。今までは同期や、せいぜい1,2学年差の交流で満足していたが、ここには1期からのそうそうたる人々が勢揃い。附高の人の宝には、実はこの同窓会総会を使って出逢うべきだったんじゃないのか。

  特に嬉しかったのは、最新の卒業生、56期の参加が多かったこと。大学に入りたて、中にはまだどの進路に進もうか悩んでいる最中の彼ら。

  そろそろ僕たちも30歳。社会に出て数年が経ち、色々ともがきながらも年を重ね、多少は後輩にアドバイスできるようになった年頃だ。僕自身、何人かの後輩と話すことができ、せいぜい「こうなっちゃいけないよ」くらいの参考になる話は伝えられたかもしれない。  

  一方で、話しかけてくる後輩はやっぱり少数派。「この場には、素晴らしい先輩方がたくさんいるのだから、もっと、積極的に話しかければいいのに……」とも思ったが、それは僕らも同じこと。人生の先輩達のお話を伺いたいと思いつつも、せっかくの再会の邪魔をしてしまったら申し訳ないかも、と変に遠慮して、なかなか交流できなかったのは悔やまれるところ。

 でも、自分が先輩の立場になってみると、話しかけられた方は、迷惑どころか、なかなか嬉しいものなんですよね。なので、次回からは、『46期&56期』のような、交流が自然発生しやすいようなテーブルでも提案しようかな、と思ったりもしたのでした。

飯島 健(46G)

ハンドボール部 OBOG総会の報告

2012年8月 記

「今年は創立55周年記念で新しい会場で同窓会が開催されるらしい」
 30年以上続いているハンドボール部OBOG会は、学芸大学附属高等学校で年に2回実施されるのが恒例でした。 「久しぶりに母校を訪れるよい機会だけど、地方にいるのでちょっと参加しにくいな」「最近運動していないからグランドでプレーするのは抵抗あるな」「例年参加する人決まっていない? たまには他の懐かしい顔にも出会えたらうれしいね」という声もあり、今年はハンドボール部OBOG会初の試みとして、東京学芸大学附属高等学校同窓会懇親パーティーにジョイントさせていただくことにしました。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会

 さて同窓会当日、総会、記念講演と続き、このあとの懇親パーティー会場は大盛況。同窓会に来てみたらなんとハンドボール部OBOGのテーブルがあるではないか、「あなたたち私の後輩? あの木造の部室小屋はどうなっているの?」「ハンドボールコートって、プールの隣にあったけど、今はどこにあるの?」(木造の部室小屋は綺麗に取り壊されてグランドの一角になっており、現在はハンドボールやホッケーのコートの一部となっています)などという楽しい会話も飛び交いました。顧問であった笠見正保先生もご参加いただき、澤村大井著(笠見先生のペンネーム)「なるほどザ歴史(ヒストリー)(中)−20世紀の東亜史−を各人に寄贈していただきました。結局ハンドボール部OBOGは11期から今年卒業した56期まで、合計33名が懇親パーティーに集いました。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会

懇親パーティー終了後の16時からは、予約していた同ホテル1階のグランドキッチンに場所を移動。懇親パーティーでは同期生としか話ができなかった同窓生も、この席でゆっくり先輩後輩交えて会話が弾みました。同ホテルの別会場で二次会をやっていた36期生も途中顔を出してくれ、こちらは合計18人が参加となりました。
今回はOBOG会として初の試みであったこともあり、準備が行き届かなかったことは否めませんが、参加いただいた方には楽しんでいただくことができたのではないかと思います。来年も同窓会にジョイントさせていただき実施したいと考えています。
末筆となりましたが、懇親パーティー会場にハンドボール部OBOG会のための特設テーブルを設置することにご理解ご協力いただきました同窓会理事会・事務局の皆様、特に渡辺孝雄様にはご尽力いただきました。この場をお借りしまして御礼申し上げます。

安藤裕一(23F/ハンドボール部OBOG会会長)

1982年卒業 26期E組 クラス会

2012年8月 記

 小雨のぱらつく7月1日、改装を終えたばかりのパレスホテルにて附属高校の同窓会が開催されました。1982年3月に卒業した我々26期は、今年がちょうど卒業30年、記念の年を迎えました。その1ヶ月ほど前に「同窓会の懇親パーティのあとにひさびさにクラス会を開こうか」誰からともなく声が上がりました。そういえば、もうかなり長い間、クラス会を開いていません。みな30代、40代で最も忙しい時期を迎えており、無理もありません。しかし「今年開催しないとこれからもずっとこのままかもしれない」という危機感に襲われ、何人集まれるかわからないまま、パレスビルの地下1階「セラフィーナ」にて20数年ぶり?の26Eのクラス会を開くことになりました。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会

世田谷4期照葉会古希記念クラス会

 ひさしぶりのクラス会、はじめこそ(えつと、この人誰だっけ?)(部活での活躍ぶりは覚えているけれども、名前はちょっと・・・)という顔も目立ちました。しかし、そこは青春時代の記憶力、参加した14名の頭には、すぐに鮮やかに高校時代がよみがえりました。
 旧友だからこそ話せる高校時代の思い出、その後直面したいろいろな分岐点での決断、人生の折り返し地点を迎えた昨今思うところ・・・。30年の歳月を乗り越えて話に花が咲きました。懐かしいあの教室のあの雰囲気、そのままです。
 なかでも10代後半の顔に戻って話し込んでいたのが「誰がモテていたのか」。長い時間を経てはじめてわかった人気者がいたり、本人も気づいていなかった同級生からの熱い視線の数々、修学旅行での知られざるエピソードなど、大きな笑い声が途切れる気配がありません。人生で最も楽しい時期をともに過ごした友人との再会は、あっという間に時間がすぎてゆきました。
 このクラス会を機に、これからはもう少し密に連絡を取り合おう、と誓ってお開きとなりました。年内に26E担任の寺田隆尚先生を囲むクラス会を開き、さらに交流を深める予定です。また、毎年開催していただける附属高校同窓会のありがたみを感じました。クラス会参加者の多くが、卒業後一度も参加したことがなく、卒業30年目の今年初めて出席したこともわかりました。絆の大切さを思う年齢に達したということでしょうか。来年以降も、多くの仲間が再会を喜びあう場であり続けてほしいと願っております。

時本徹夫(26E)

32期有志 同窓会総会での再会

2012年8月 記

 7月1日の同窓会懇親パーティーの会場に、32期の女子ばかり14名が集まりました。附高で古文を教えていただいた五十嵐一郎先生に仕事の関係で約20年ぶりに再開し、同窓会に誘っていただいたものの、一人で行くのも心細く、何人かの友人に声をかけたところ、それぞれがまたその友人に声をかけてくれて、特設テーブルを用意していただける10人を超えて集まることができました。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会

 本当に久しぶりに会う人も多かったですが、在校時の思い出、仕事や子育てなどの近況をおしゃべりしているうちに、あっという間に時間が過ぎました。卒業して20年以上経つにもかかわらず、顔を見ればすぐに誰かわかるくらい皆変わりなく、附高時代を思い出すような明るくて気さくな雰囲気に包まれて、とても楽しい時間を過ごすことができました。
 途中、岡先生や丹伊田先生がテーブルに立ち寄って下さったり、他の期の知り合いともおしゃべりできたり、同窓会総会ならではの再会もありました。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会

 仕事などの関係で懇親パーティーの会場には来られなかった3名のメンバーも加えて2次会にも流れ、そこでも話は尽きず、名残を惜しんでの解散となりました。

 次回はクラスで特設テーブルを用意してもらえるくらい集まれるといいね、という話も出ていたので、今回の集まりをきっかけに2018年の卒業30周年を目指して(?)少しずつ輪が広がっていくといいな、と思います。忙しい中お集まりくださった皆様と、特設テーブルをご用意して下さった同窓会事務局に、この場をお借りして御礼申し上げます。

 

渡辺(山下)恵子(32D)

6期AB組/6期CD組 卒業50周年の再会

2012年8月 記

◆ 附高6期AB組同窓会参加記

泰山木のお知らせにより、我々6期生は同窓会参加費が卒業50周年のご褒美で格安になることを知りました。殆どの人が現役を退き年金生活者となっている年代としましては、これを機会に同窓会に参加してもらおうとA・B組幹事で話し合い、動員をかけることと致しました。その結果はA組17名、B組3名の参加という結果となりまして、この差の分析に大いに悩む結果となりました。しかし参加者全員、中西先生のご講演、それに続く懇親会と大いに楽しむことが出来ました。懇親会では3年生の一年間を共に下馬校舎で過ごした竹早組とも同じテーブルで、やーやーという感じで50年ぶりの再会を楽しむことも出来ました。しかし皆さん寄る年波には勝てず、立食パーティー半ばを過ぎると早く座りたいなどと駄々をこねる御仁が続出する始末、やむなく幹事は事前に予約していたパレスホテル6階のラウンジバーに無理を言って二次会の開始時間を早めて、皆さんをご案内という次第となりました。今回の同窓会は、当初来られないという情報のありました今井先生も参加されるというサプライズも含めて、全員大いに楽しむことが出来ました。同窓会幹事の皆様のご努力に深く感謝いたします。有難うございました。

岩崎 徹(6A)

世田谷4期照葉会古希記念クラス会

 

◆ 50年目の再開

 「気が付けば50年。」、時間の流れを実感するこの言葉をしみじみと感じられたひと時でした。
 6期CDクラスは、竹早校舎で2年、世田谷校舎に合併して1年を共に過ごした仲間でしたが、卒業以来、特にこの10数年はクラス会も開かれずに、個別のグループでの会合に限られていましたが、このたび、卒業50周年ということで同窓会への参加を呼び掛けたところ思いの外の反響で、当日は24名の懐かしい仲間が集まりました。
 特に、我々の卒業年度まで附属高校で教えてくださっていた、中西進先生の記念講演にはほぼ全員が集まり、その軽妙なお話に引き込まれ懐かしい授業中の緊迫した時間に戻り、お話に有った「ランダム時間」を体験しました。
 本当に50年振りに再開した人も居り、最初はお互いの名前の確認から始まり、お互いの現況や参加しなかった人たちの情報交換など、あっという間に時が過ぎました。

閉会後も2次会にほぼ全員が集まって、「過ぎ行くもの」を共有しました。

富田 真一(6D)

世田谷4期照葉会古希記念クラス会


世田谷4期照葉会古希記念クラス会

世田谷4期照葉会古希記念クラス会

16期卒業40周年記念の集い&16期B組卒業40周年記念イベント

2012年8月 記

 私ども16期にとりましては、同窓会創立55周年記念懇親パーティーは卒業40周年記念の集いとなり、クラス毎に声を掛け合った結果、A組、B組、G組を中心に30名程度が集まることができました。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会

 16期特設テーブル付近では、すっかり面影を失った他のクラスの同期生や、しっかり面影を残した他のクラスの担任の先生にもお会いできました。他クラスからの参加者の中には、嬉しいことに卒業以来40年振りの再会を果たせた同期生もいました。また、受付は、G組、B組、A組の順で登板させていただき同期のコラボも実現。更には、抽選会で高額賞品をしっかり射当てて強運振りをいかんなく発揮した同期生もいました。あれもこれも、16期特設テーブル、格安の周年期会費、そして何より同窓会役員の皆さまのご尽力のお蔭でした。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会

同窓会懇親パーティー後は各クラスそれぞれに集いました。私どもB組は、パレスホテル1階のレストランに場所を移し、卒業40周年の節目を祝して、B組的には珍しくやや改まってスパークリングワインでまず乾杯。担任の根本伸司先生を囲んで、懐かしい話題で盛り上がりましたが、参加者からは、お子さんのお勤め先や配偶者のご実家が東北にあり、昨年の東日本大震災で被災されたとの報告もありました。幸い生命身体に係わる大事には至らなかったとのことでしたが、自然の力の強大さや怖さを思い知らされる一方、被災後に示された家族や親族の絆の大切さを改めて実感しました。

B組は、卒業40周年記念イベントの一環として、クラスの記念アルバム制作を2009年秋から開始、この日は、足掛け4年の大事業の大切な締め括りとなる写真撮影の最後日でもありました。これまでの撮影シーンは、梅雨空の下での泰山木のお花見、残暑の中での辛夷祭など多岐に亘りましたが、文字通り、雨にも負けず風にも負けず夏の暑さにも負けず(雪の日はありませんでしたけれど)、欠かさずご参加いただいた根本先生ありがとうございました。これからアルバム編集に力を注ぎますが、2009年から撮り溜めた300枚から厳選した写真に在学中の懐かしい写真も加えて、想い出に残る一冊にしたいと思います。根本先生そしてB組のクラス仲間の皆さま、アルバムもう少しお待ち下さい。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会

 


根本伸司先生への卒業40周年記念アルバム献呈セレモニーともなる明年の再会を約束しあって、過ぎ去った40年への様々な思いと、更なる10年、20年へのそれぞれの思いを胸に家路につきました。

昼間みゆき、今西雄一郎、植田 卓(16B)

タイ・学芸附属の会 報告

2012年7月 記

7月1日の附高同窓会で、「タイ・学芸大学附属の会」のメンバーが集まりました。代表の小山光俊さん(5期)の音頭のもと、野口同窓会会長はじめ5期から54期まで卒業年50年に渡り、当会用の特別テーブルの周りに計30名も参集しました。もちろんタイ同窓生たちもいました。旧知や初対面の方々同士で和気あいあいと話が弾み、タイを軸に世代を超えた縦のつながりを深めることができました。在日タイ王国大使館に勤務している卒業生が数名いますし、財団法人日本タイ協会とも同窓生を通じたつながりがあるので、今後はそういったネットワークも活用しながら、さらに活動の輪を広げて行きたいと思っています。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会

タイ同窓生以外のメンバーは、過去に同国で駐在経験のある方、現在仕事やその他の活動でタイとつながりのある方、タイやタイ料理が大好きな方、単に友人に誘われた方など、動機は様々です。クラブ活動のOBでのつながり以外では、なかなか期を超えて同窓生同士でお付合いを広げる機会は少ないのではないでしょうか。「タイ・学芸大学附属の会」は、附高ならではのタイ留学生という共通項を軸にして、そのような場を提供していきたいと考えています。ご関心のある方がいましたら、ぜひ小山さん(mi2to4kym@ybb.ne.jp)までご連絡ください。

勝山正昭(22C)

GFMC(山岳部) OB・OG会報告

2012年3月 記

 山岳部OB・OG会が、2012年2月25日(土)に開催された。前回が1997年2月だったので、何と15年ぶりということになる。
世田谷4期照葉会古希記念クラス会 前回の名簿を元に、2008年の同窓会名簿で会員の消息をチェックし、1期生から13期生まで70名の会員に、開催をご案内した。参加者はせいぜい20名と予想し、新宿南口のこじんまりした会場を手配していた。しかし締め切ってみると、31名出席の盛況で急遽会場変更となった。東京マラソンの前日で、周辺のホテル、レストランはどこも満席だったが、現在も新宿に勤務し、この地区で活躍している11期の辻直邦さんに素早く対応していただき、お洒落なレストランが確保できた。

幹事の怠慢で開催が途絶えていたことと、直前の会場変更を、参加の皆様にお詫びして、会がスタートした。1期の小畑廣永先輩に、ご挨拶と乾杯の発声をお願いして懇談に移り、共に登った山の懐かしい思い出を語り合った。
山岳部顧問の松本至巨先生から頂いた情報では、現役は3年連続でインターハイに参加、入賞しているとのことである。活躍する現役部員を何らかの形で支援したいというのが、私たち先輩会員の思いだ。また、現在13期で途絶えているOB・OG会を、今後どのように継承し発展させていくのか、それらの方策を2年後に予定している次の会までに、考えることとした。
欠席者からも、返信葉書に近況報告を書いて送ってもらっている。それをコピーして参加者の手元に配り、加えてひと言ずつ自己紹介、近況報告のスピーチをした。
自宅仙台を拠点にした、被災地復興のボランティア活動,原発裁判で戦う決意を表明する弁護士,山行から遠ざかりメタボに悩むドクター,6,500mのヒマラヤを、65歳で征服,夏の合宿、南アルプス稜線のテントで、クラスの好きな女の子の話をボソボソ語り合った思い出などなど、様々な話題が提供され、話は尽きなかった。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会

懇親の席にスクリーンが用意された。1972年、尾瀬にスキー登山した時の記録を、4期笠原克昌さんが8mmからデジタル変換し、その映像を皆で楽しんだ。
一緒に山に登り、ひとつの天幕で合宿し、同じ釜の飯を食った仲間のつながりは、本当に強く素晴らしいと思った。懐かしくも楽しいひと時だった。
次回幹事は11期辻直邦さん、12期吉田(河本)えみ子さん、千野耕一さんにお願いすることになった。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会


幹事:石井(野田)真佐江[2期],栗原(橋本)裕美[13期]
菊池(青柳)由紀子[13期],筒井隆一[4期](記)

ホッケー部創部45周年&女子チーム15周年記念OBOG総会

2012年2月 記

ホッケー部が1967年2月3日(12期生の3学期)に同好会からの昇格を認められてから45周年を迎えました。また、42期生で創設された女子チームも15周年となり、これを記念して2月18日にOBOG総会が開催されました。
当日は、母校の入学試験合格発表日と重なってしまったため、日頃お世話になっている現顧問の先生をお招き出来なかったのが残念でしたが、元顧問の糟谷先生・山下先生にもご参加をいただき、現役チームも合わせて約90名が集まりました。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会


世田谷4期照葉会古希記念クラス会最初の30年間は男子だけの部活動だったため、10期・20期・30期代のOBと最近卒業した若いOGが大多数を占めるという参加者が予想され、事前の幹事会でもうまく混じりあえるかが懸念されていました。 しかし、アッと言う間に世代を越えての会話が弾み、和気藹藹のうちに総会が進行しました。

10期代、20期代などそれぞれの世代の代表からの挨拶があり、31期で女子チーム創設の動きがあったという「女子チーム・夜明け前」のメッセージが披露されると、会場には「ワー」という歓声が湧きました。 また、某アフリカの日本大使館に勤務する42期女子チーム初代キャプテンからも祝辞が寄せられ、最後に現役チームの男女キャプテンが2012年度の健闘を誓いました。


ホッケー競技は人工芝のグラウンドで行われますが、関東の強豪校には人工芝グラウンドの設備があり、また、東京のライバル校、たとえば早稲田高等学院や学習院は大学の人工芝グラウンドで練習できるという強みを持っています。 母校ホッケー部では、東京大学などの人工芝グラウンドで練習をさせてもらい、なんとか対策を取っているところです。
男子は50期秋大会、女子は55期の春大会以来、都大会優勝から遠ざかっていますが、2012年度には、是非、関東大会に進出して欲しいものです。

ホッケー部OBOG会 会長 渡辺孝雄(12E)

54期成人祝賀会 報告

2012年2月 記

 今年54期が成人を迎えることを祝して、1月8日に「学芸大学附属高校54期成人祝賀会」が行われました。企画の実現のために、各クラスから集まった実行委員が約半年間準備を続けてきました。当初は全体の半分の170人程度来てくれることを目標としていましたが、結果的になんと260人もの54期生が参加してくれました。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会


 当日、旧友との再会に会場が沸き立つ中、スクリーンに懐かしい附高の姿が映し出されます。開会セレモニーのために作られたオープニングムービーはそのままカウントダウンを始め、みんな一斉に乾杯!楽しいひと時の始まりです。
 開会後しばらくすると、会場前方に造られたステージで有志による生演奏が始まります。「Ave Maria」に始まり「情熱大陸」まで、美しい演奏の数々が会場の雰囲気を盛り上げてくれました。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会


もちろんお楽しみ企画もしっかり用意されていました。まずはクイズ大会。各クラスの担任の先生にちなんだ難問奇問が出され、クラスごとに知恵を出し合って答えを考えます。見事優勝したF組には賞品として大量のプリングルスが贈呈されました。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会


さらにはプレゼント大会も!先生方や守衛さんからそれぞれご自分のゆかりの品などを譲っていただき、出席番号を使った抽選でプレゼントをもらえる人を決めていきました。最後にはディズニーペアチケットまでプレゼントされ、大盛り上がりの企画でした。

世田谷4期照葉会古希記念クラス会


会も終わりに近づくと、締めとして附高生活3年間を振り返るムービーが流されました。おぼろげになりつつある記憶が鮮明な映像として目の前に現れ、自然と思い出話も弾みます。しかし楽しい時間はいつまでも続かず、ムービーが終わると閉会のあいさつ、そしてクラスごとに記念写真を撮って祝賀会はお開きとなりました。

 2年という、二十歳の私たちにとっては長い間会えなかった友人との再会、そして大人への仲間入りをする“成人”という大事な節目を華やかに演出してくれる、そんな祝賀会となりました。

矢部博之(54A)

【バックナンバー】過去の<同窓生から>