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2013年

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2013年11月 記

中西進先生 文化勲章を受章!

2013年10月 記

この度の中西進先生の文化勲章ご受章、誠におめでとうございます。
心よりお慶び申し上げます。
中西進先生が文化勲章を受章されることは当然のことと、私どもは待ち望んでおりました。これからも益々ご研鑽に励まれ、私どもをお導きくださいますように、先生のご健康、ご活躍をお祈り申し上げます。
中西進先生は附高創立間もなくの1958年9月に専任教官として着任され、3年半の間教鞭を執られました。先生は東京大学の大学院博士課程に在学中で、29歳とお若くとも、既に大学者としての学識と見識、そして情熱をお持ちで、真面目で厳しいご指導にふれることができた私どもは誠に幸せなことでした。
このような立派な先生を選ばれた創立当時の先生方のご慧眼とご努力にも、心より感謝申し上げます。
昨年の同窓会創立55周年記念総会でご講演いただけたことも誠に光栄なことでございました。
先生の益々のご活躍、ご発展をお祈り申し上げます。

同窓会会長 野口玲子(5竹B)

31期 卒業25周年大同窓会 開催
 ~120名を超える同期と再会~

2013年9月 記

 2013年4月20日(土)、新宿の京王プラザホテルにおいて、31期生卒業25周年記念大同窓会が開催されました。大同窓会の名のとおり、総勢120余名の同期生に加え、3年時の担任だった4名の教諭――五十嵐一郎先生、小笠原篤宏先生、小泉仁先生、寺田隆尚先生――にもご出席いただくという、盛大でにぎやかな会でした。
  このような大規模な同窓会が実現できたのは、やはりFacebookの存在が大きかったと言えます。かねてよりFacebook上に「学芸大学附属高校87年卒」というグループが作成されていたのですが、昨年末、ここにメンバーとして参加していた人を中心に今回の大同窓会の幹事でもある加賀谷毅くんが呼びかけ、プチ同窓会が開催されたのです。このときの参加者は20数名でしたが、卒業以来初めて会った人、高校時代には会話をしたことがない人同士が多かったにもかかわらず、話が尽きることなく朝まで飲み明かしました。四半世紀の隔たりを感じさせない母校で共有した濃厚な時の大切さに高揚し、これをさらに広げたいとの思いに駆られ、大同窓会開催の企画が立ち上がりました。とはいえ、連絡先のわからない人たちも多く、「100人集める!」と息巻く幹事を尻目に、出欠の取りまとめの手伝いを買って出た私も「さすがにそれは無理だろう」と思っていたのですが、Facebookのイベントを中心に、それぞれが連絡の取れる仲間に情報を拡散した結果、ふたを開けてみれば当初の目標を大きく上回る参加者数となりました。

  過去にクラス単位の同窓会を開催し、ほとんどのクラスメイトの連絡先が把握できていたクラスがあったことも功を奏しました―C組、F組、G組はそれぞれ20名以上が参加してくれました。さらに31期には大谷晋くん、安井崇くんという現役の附高教諭が2名おり(これは珍しいことのようです)、そのおかげで多くの恩師と連絡がとれ、ご招待することもできたのです。
  大同窓会当日、「名前と顔を見ても誰だか思い出せない!」という気まずい事態の多発を想定して、参加者には胸に名札をつけてもらい、かつ、会場には卒業アルバムを可能な限り用意しました。実際、「あの人、誰だっけ?」とささやきながら卒業アルバムを確認する人たちの姿が会場のあちこちで見られました。会場の片隅には、各分野で活躍する同期生の作品や出版物などの展示コーナーも設けました。また同期生同士のご夫婦が5組もあり、その紹介もありました。
  しかし、実はこの大同窓会の真の素晴らしさは、それ以降にありました。当日は、あまりに久しぶりで、かつ、あまりに大勢の仲間が一堂に介したことで、ムードに圧倒されてしまったとか、親しかった友の姿を確認したにもかかわらず限られた時間の中で話せずじまいに終わったなど、心残りを抱えて帰宅した人が少なくありませんでした。東京以外、また、外国で活躍する同級生も多く、この日の参加が叶わなかった人たちは、Facebook上で写真が次々とアップされるのを目にして、郷愁の念を強くしていました。そんな多くの人たちの気持ちが盛り上がり、5月以降、クラス会や学年横断の小規模の同窓会が相次いで行われているのです。図らずも幹事の加賀谷くんが酔いながら「同期に各方面で活躍する仲間がこんなにもたくさんいることを今まで知らなかった。貴重な財産なのにもったいない。これを機にもっと交流を活性化したい」という趣旨のスピーチをしていましたが、あっという間にその願いは実現してしまいました。

  誰と誰が付き合っていたとか、誰がこんなことをして先生に叱られたとか、そんな他愛もない話でいくらでも盛り上がれるかつての同期生の存在を、私も改めてありがたく感じました。そして、卒業30周年、40周年、50周年の集まりでも、また同じ話で元気に盛り上がりたいとの想いを強くしました。

石橋(村田)真理(31H)

27期同期会 レポート

2013年8月 記

 早いもので 私ども27期が卒業してから30年が経ちました。周年期は 会費が格安になることもあり、Facebookなどで周囲の出席率などを探る動きもありましたが、昨年の26期生のような大規模な同期会の企画もなく、とうとう当日を迎えることとなりました。
 私は受付を仰せつかっておりましたが、実はたった3年間の高校生活。接点のないまったく存じ上げない方に、失礼なことをしてしまったらどうしよう などと余計な心配をしておりました。不思議なもので、同期というものは、たとえクラスは違っても お顔を拝見すればお互いにわかるものなのですね。杞憂でした。
 さて、懇親会でのエピソードはないかと出席された方々に後日インタビューさせていただいたのですが、やはりみなさん 30年たって(そしてこの30年間一度も思い出したこともなかったのに)校歌が謳えることに驚いていらっしゃいました、校歌というものは 愛校心をそそるものなのね と口々に歌っていらしたそうです。私自身も三小節目のスタッカートを 無意識に強調して歌ってしまい、村上先生のご指導だったことを思い出しました。
 最後は出席されていた 中村先生(D組)、小笠原先生(F組)とともに集合写真を撮りました。これをきっかけに、今度はもっと大勢で集まれますように。
 最後になりましたが、同窓会事務局のみなさま このような会を毎年ご準備いただき、ありがとうございます。

竹田(柳田)浩美(27C)

17期40周年同期会

2013年8月 記

 『あれ、これ誰だろう?』、貼り出された学生服、セーラー服の集合写真を見てほとんど全員がそう思った。自分と何人かは識別できるのだが、何だか子供っぽいのだ。卒業当時は既に大人になっている気分で居たのだが、40年の時間を置いて今見直すとやっぱり子供っぽさが残っていて恥ずかしい位だ。
 6月30日の同窓会総会の後、後楽園飯店にて17期の40周年同期会を開催。4人の恩師のご出席も頂き、総勢110名余の集まりとなった。
 C組白崎氏が用意してくれた卒業アルバムの写真の印象が上記。一方、次々と集まってくる参加者を見ていると、再び、あれ?と思う人が沢山。記憶にある顔だが名前が出なかったり、ちっとも判らず名札を覗き込んだり、と、冒頭の写真から想像つかぬほど立派な大人ばかりの集会となった。生意気な我々を指導してくださった先生方とも懐かしくお話でき楽しい会であった。
 卒業後40年振りの友人たちと思い出話に花を咲かせていると、あっという間に時間が経ってしまい、積もる話の続きのために三々五々クラス会の場へと移動。陽の長い季節であるから、クラス会を終えた頃、西に落ちる陽を眺めながら、五年後と約束した次の同期会に思いを馳せ、家路についた。

小林久人(17H)

剣道部OBOG会・稽古会報告

2013年7月 記

 師走に入り忘年会シーズンが始まる中、毎年恒例の剣道部同窓会が2012年12月1日に開催されました。年1回開催の剣道部同窓会は、毎年卒業3年目の卒業生が幹事を務めており、今回で28回目を迎えました。今回は54期が幹事として同窓会を取り仕切り、1期~55期まで合計29名が集いました。期を見ればわかる通り、まさに老若男女が勢ぞろいした盛況な会となりました。
 会では恒例の近況報告を各自が行った後に、今回参加できなかった方からのメッセージが読み上げられました。卒業後の大学生生活・社会人生活の中には、ボストンやカンボジアなど、世界を舞台に活躍しているという報告や、剣道のおかげで実践を離れてもなお、人や世界との繋がりが広がっているというエピソードが披露されました。また33期小山さんのお子さんが29期山本さんから偶然にも剣道の指導を受けていたという話は、剣道の持つ「縁」を、どこか感じさせるものでした。
 私を含む一部OBは、附属高校の第一体育館にて現役生と稽古をしてから同窓会に参加しました。そのこともあり、会の最後には29期山本さん(46~53期生が高校生のとき監督を務めて頂きました。)から、「またみんなで剣道をしましょう!」という呼びかけがされて、同窓会は散会となりました。
 同窓会の記事はここまでですが、この同窓会には『続き』がありました。最後の山本さんの話であがった『同窓生の稽古会』を開催することになったのです!年をまたいだ今年の5月12日(日)に港区スポーツセンターにて開催された稽古会には、人数は約20人、同窓生だけでなく同窓生の娘さんも参加されて、9歳~51歳という幅広い年齢層が参加しました。発起人である29期山本「監督」の号令のもと、高校時代のようにみっちりと基本を重視した稽古をしました。大粒の汗をみんなで流した後は、三田付近の居酒屋での『二次会』となり、ジョッキを片手に剣道談義・人生談義に花を咲かせました。
 高校を卒業すると剣道を中断する人が多かったり、また場所の確保も難しかったりすることもあり、こういった卒業生だけの稽古会はなかなかできずにいましたが、いざやってみると、やはり高校3年間を剣道部で過ごした仲なので、本当に楽しいものだなと思いました。毎年恒例の同窓会に加えて、こういった稽古会も継続していくことで卒業しても剣道部という「絆」を深めていければと思っております。

月岡 照喜(48H)

7期生卒業50周年記念同期会

2013年7月 記

7期生は、附高を卒業して半世紀となり、これを記念して本年4月21日(日)に渋谷のホテルを会場として、同期が集うことになりました。

当日は、D組担任・石井先生(国語)、A組担任・浅野先生(英語)のご出席をいただき同期は、74名が参加しました。長崎県、山口県、愛知県、宮城県、福島県、静岡県、石川県、長野県など遠方から駆けつけた方、卒業以降初めての方も何人かいて大変賑やかな会となりました。
会のムードは、50年の時を巻き戻してあの下馬校舎で過ごした日々となり,皆がセブンティーンの当時に立ち返ったようでした。
7期生は、それまでは世田谷と竹早に分かれていた高校が、下馬の地で統合された年に当たり、入学の時は1年生だけでした。そのため独自に生徒会を運営し、体育部や文化部も下馬で活動して、この地の附高の下地を創った期でもありました。
同期会は、午後1時から2時間半で散会となりましたが、その後、2次会、3次会に及んだ
グループも多く、2年後に来る古稀の年に再会することを期して、名残り惜しい一日が終わりました。

今回は10数年ぶりの同期会でもあり、同期全員への連絡先を確認することから始まりましたが、最新名簿の取得や個人の宛先シール配布など、同窓会事務局の多大なご協力をいただきました。又、最後に全員で校歌をうたったのですが、そのために音源の提供もいただきました。心より感謝申し上げます。

7期同期幹事会

卓球部OB・OG戦及び総会開催される

2013年6月 記

 本年度会長の55期木村君の手配のもと、顧問の塚越先生もお見えになり6月9日(日)9時過ぎから三軒茶屋小学校体育館を借り切り、OB・OG戦が開催されました。 現役高校生とOB・OG男女混合で予選リーグ、トーナメントを企画。途中敗退者はそれぞれ相手を見つけてオープン戦を行い現役生の実戦指導を行いました。更に、各世代のチームを組み団体戦も行い、大いに盛り上がりました。13期の大島大先輩をはじめOBOG20名ほど、現役生20名ほど計40名ほどが集合し、非常に賑やかな集まりとなりました。
 シングルスではOBが貫禄を示し上位を占めましたが、団体戦では各レベルで熱戦を繰り広げ、現役が有力OBOGを破ったり、フルセットの熱戦を繰り広げました。一日たっぷり時間があったはずが、午後からもOBOGがぼつぼつ姿を現し、17時のぎりぎりまで熱戦が繰り広げられました。
 現役と別れた後OBOGによる総会が三軒茶屋付近の飲食店で開催され、17名が出席しました。昼間の汗を補給するためビールほか水分が大量に消費されました。恒例の各自の近況報告を行った後、夏の合宿の案内、日頃の練習会の案内があり、可能な人はそれぞれ誘い合って参加しましょうという雰囲気でした。総会終了後は各世代に別れ、三軒茶屋の小路にそれぞれ散って行きました。

 一時は部員の減少で存続の危機もあった卓球部ですが、現役生が多数入ってくれているのに感激したところです。OBOGもまだまだラケットを握っている方々も多く、是非今後とも現役生・OBOG同士の交流を図りたいと思っております。

太田良知(15H)

第3回タイ・学芸大学附属の会 50名集まって開催

2013年2月 記

去る1月28日の晩に世界貿易センタービルWTCクラブにて、「第3回タイ・学芸大学附属の会」が開催されました。野口玲子同窓会会長(5期)や岸谷正彦副校長先生を含めて、1期生から51期生、現役やOBの先生方ら約50名が集まり、大変な盛会でした。旧知や初対面の方々同士で和気あいあいと話が弾み、タイを軸に世代を超えた縦のつながりを深めることができました。また多くの方々が登壇してご自身のタイとのつながりや思い出を披露し、改めてこの国との結び付きの強さを感じました。

坂井先生の音頭による乾杯時

坂井先生の音頭による乾杯時

タイ同窓生は8人参加しましたが、第1期留学生(22期)のパタイさんとスパットさんをはじめとして、日本のタイ政府関係機関で要職を務められている方々ばかりです。たとえば大使館公使のシントンさん(27期)は、先月の安倍普三首相のタイ国王謁見の席で、通訳の大役を務められました。このように同窓生たちが日タイ友好の中心として活躍されていることは、私たち附高生の誇りです。ぜひともこの会の活動を通じて、タイ同窓生たちを応援し、この附高のすばらしい伝統を守り高めていきたいものです。

「タイ・学芸大学附属の会」のメンバーは、過去に同国で駐在経験のある方、現在仕事やその他の活動でタイとつながりのある方、タイやタイ料理が大好きな方、タイ同窓生に会いたい方、単に友人に誘われた方など、動機は様々です。たとえば私は北タイの田舎町クンユアムと交流活動をしており、そこの高校生を日本の高校への短期留学に招いたり、日本の大学生に現地体験してもらったりしていて、日本タイ協会理事長の吉田千之輔さん(3期)はじめ附高関係者に大変お世話になっております。クラブ活動のOBでのつながり以外では、なかなか期を超えて同窓生同士でお付合いを広げる機会は少ないのではないでしょうか。この会は、附高ならではのタイ留学生という共通項を軸にして、そのような場を提供していきたいと考えています。ご関心のある方がいましたら、ぜひ世話役の小山光俊さん(5期、mi2to4kym@ybb.ne.jp)までご連絡ください。

次回の集まりとして、6月30日の同窓会総会(於東京ドームホテル)でこの会のテーブルを設けます。皆さま奮ってご参加ください。

勝山正昭(22C)

55期成人祝賀会 報告

2013年1月 記

2013年1月13日日曜日.附高卒業から2年近く経ったこの日,55期卒業生は「附高55期成人祝賀会」という場で再会いたしました。
当日は渋谷のクラブハウスの1フロアを貸し切って開催されました。当初から52~54期の参加人数を参考に250人は呼ぼう!と意気込んで告知や出欠管理を行った結果,無事269名もの卒業生が集まってくれました。また学年主任の坂井先生をはじめ、宇佐見先生、佐藤先生、森棟先生、吉岡先生と5人の先生方もご出席してくださいました。

坂井先生の音頭による乾杯時

会は附高時代を振り返るオープニングムービーで開幕し、坂井先生による乾杯で始まりました。そして文字通り豪華賞品を懸けた『ビンゴ大会』、クイズや各クラス男女別代表者によるゲーム大会を盛り込んだ『クラス対抗戦』が行われました。

坂井先生の音頭による乾杯時

『クラス対抗戦』では坂井先生出題のクイズ、女子代表者たちによるわさび入りシュークリームのロシアンルーレット、男子代表者たちの誰が早く風船を割れるかを競うゲームなどの企画が用意され、バックステージから見ていてもわかるほど凄く盛り上がっているようでした。

坂井先生の音頭による乾杯時

企画以外の場面でも歓談で沸いており、会場中で話し声が絶える瞬間は皆無だったように思います。そんな中、最後にクラス毎に集合写真を撮って会は終了しました。会の後はクラスや友人同士で二次会を行った人も多く、またTwitterやFacebookからも楽しかった良かったという声が多く聞こえてきて、改めて55期で集まることができて良かったと感じました。
今回、成人祝賀会という節目で大勢の人が集まってくれました。これだけの数の人が今後一度に会することができるかわかりませんが、またいつの日か今度は55期関係者全員で集まることができればいいな、と思います。
最後に、会に先立ち半年近く準備してくれた実行委員の皆をはじめ、会の運営を手伝ってくれた方々、会の開催にあたりアドバイスを下さった53期54期の先輩方、来場してくださった先生方、参加してくれた55期生の皆、今回の会に携わってくださったすべての方々に感謝して終わろうと思います。ありがとうございました。

附高55期成人祝賀会実行委員会
山下慶太郎(55D)

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